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FILLY PRESS

東海 名古屋で活躍する女性にSPOTを照らす ライフスタイル メディア

心に響く 言葉たち from Coco Chanel

女心に響く 言葉たち

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流行とは 時代遅れになるものよ

by Coco Chanel(ファッション デザイナー)


トレンドに左右されない
自分自身の表現
どんな時も自分に自信を持って
生きる事が
とても大切だと気づかされる言葉。


説明
説明


ココ・シャネルは生涯、独身で身を固めず、死ぬまで恋に生きる女性でした。
そして、そのお相手はいつも超がつくほどの著名人ばかり。
彼女の恋愛履歴の中で最高にお金持ちだったのが、
英国の貴族・ウエストミンスター公爵。
当時のヨーロッパ第1位の資産家でした。

イギリスの邸宅イートン・ホールには整備された
ロールスロイスが17台。港に向かえばいつでも出発できる船が停泊
どこへ旅してもホテルではなく自分の屋敷があり、
到着するとすぐに磨きあげられた銀の食器に夕食が用意され、
そこには大勢の召使いと執事たちが控えており玄関のテーブルには
世界中の新聞と雑誌が置いてある。
ある執事の証言によれば、この誰も読まない定期刊行物の
費用だけでも一般人の年収を超えていたそう。
“どのくらいお金を持っているか本人も把握していなかった”
とココ本人も後年、口述しています。

そんな大金持ちのハートをつかんだココは、
ウエストミンスター公爵と 10年間交際し、一時は
結婚も考えたそうですが、結局は仕事を優先し、別れてしまいます。

セレブと臆することなく交際できるココ。ならば彼女自身も
フランスの貴族の生まれでは?と思われがちですが
事実はその正反対 極貧の生まれ。父はしがないシャンペンの行商人。
旅が多く、母が他界してからはココは孤児院に預けられたほど。
貴族たちは、まさにココ本人の魅力に魅せられて
交際を申し込んできそうです。
交際相手との体験や、贈られたプレゼントから
デザインの着想を吸収し 後の彼女のファッションデザイナーと
しての創作アイデアへとつなげていったと言う彼女の
人生にもまた 夢が感じられますね。

一流の芸術的センスを身につけた男たちを惹きつけたのは、
ココ・シャネルのうわべの美しさだけではなく、
芯の強さ、頭の回転の良さ、仕事の確かさ、
絶対的な気性だったと言います。
そして 男性の心を捉えて離さなかったココのいちばんの魅力は
その”毒舌”にあったとも言われています。

“ファッション・デザインは芸術ではない”と言い切り、
“商業的に成功しなくては何の意味もない”とまで割り切る現実派
彼女から繰り出される毒舌は、男性たちの
いい刺激となったに違いありません。

そして“シャネルの声は一度聞いたら忘れられない”
“転がり落ちる溶岩のような、激しい声。
怒りに満ちて、とどまることを知らず、ほとばしりでる
声の奔流様だとも言われています。

※気になる肉声はこちら

シャネルが並みのデザイナーと違うのは、女性ファッションにおいて
“世界初”のデザイン,スタイルが山のようにあること
シャネルが生み出して、今では当たり前になっているファッションの
定番を数え上げたらきりがありません
パンツルック(スラックス) 男性だけのものだったズボンを
女性に初めて転用したのがココ。
次に黒いスーツドレス 喪服ではなくファッションとして
黒を使ったのもココが初めて。

素材としてはニット,ツィード,ジャージー
これらもシャネルが使用して大ヒットしなければ
女性ファッションの素材にはなっていなかったと言われています。

そして,すべて先のウエストミンスター公爵との交際を通じて
貴族が使用していたものを自分が着るためにアレンジし
大ヒットを起こしたと言われています。

ただの貴族の愛人に終わらないところがココの凄さ。

特筆すべきはセーラー服
最近はもうセーラー服を着ている女子学生は
見かけなくなってしまいましたが
日本のかつての制服の定番も
実はココがウエストミンスター公爵のヨットの乗組員が
着ているのを自分も着てみたいとアレンジしたのがきっかけ。
そして誰かがそれを日本に持ち帰り
制服に導入したとの説もあるほどです。

その他にもリボンの髪飾り,パールのロングネックレス
チェーン・ベルト
ショート・ヘアなど
本当に数え上げたらきりがないほどです。

ココが生み出した当時の革新的なスタイルは
今では本当に当たり前のように女性のファッションとし
現世にも生き残っています。

ココ・シャネルは30代で脚光を浴び、50代には
業界の女王として君臨します。そして55歳のときに引退します。

ところがココが並みの女性と違っていたのはここから

15年後の1954年。70歳の時にファッション業界への
カムバックを宣言します。
周囲の人たちも流石にこれには猛反対。
なにしろ完全なブランクが15年。

パリのファッション業界もすっかり様変わりしており
ココ本人はと言えば夜なべ仕事もままならぬ年齢。

当時のファッション業界を席捲していたのが
クリスチャン・ディオール
彼はココ・シャネルが作った新しい女性のファッションを
再び復古調に変えてしまっていました。
ココからするとそれが気にくわなかったのかもしれません。

再び自分が作り出したスタイルを奪回せんとばかりに
ニュー・コレクションを発表することになります。
それらはココが引退した15年前と
変わらないスタイルを踏襲したものでした。

この時に彼女が発した言葉が

流行とは 時代遅れになるものよ

と言う言葉だっただと言われています。


強く,そして諦めず,自分の信念を貫くこと。
簡単ではないですが,今尚 継がれる彼女のスタイルを
彼女の人生とともに振り返り
言葉から感じ取っていただければ
どんな時も自分を見失わず
強く生き抜いて。
何かをするのに
遅いなんてことはないのかもしれませんね。


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